第二十四話 大太刀探し

 浜太郎はまたろうの匂いを頼りに辺りをぎ回りながら進む。
 おおかみの姿になったあおは坂道もなんの弊害へいがいもなく歩いた。
 少し土がゆるくとも軽く滑るだけで、四本足で踏ん張ればなんとかなる。

『やっぱり、この姿の方が楽でいいな。いつもこれでいたい』
「飯が食べにくいのが難点じゃろうな」
『……人間の姿の方がいい』

 人間が楽な方へと流されるように妖怪も流されるようだが、弓月ゆみづきは蒼の扱いには慣れている。
 三度の飯よりも食べる事が好きな蒼には、何よりも飯をちらつかせれば大抵たいていどうにかなるのだ。

「まだ怯えとるのか!」
「い、いや、蒼殿には、慣れた気がするので、ござるが……なんとも言えぬ心持ちでして」
「何を訳のわからんことを。これでは妖力を温存できんではないか」

 蒼の上で話す二人をそっちのけで、大太刀おおたち佐々丸さざまるを探す蒼。
 しばらく嗅ぎながら歩いていたところ、同じ所の周りをぐるぐると歩いていることに気がついた。

『ここら辺な気がする』
「本当か?」
『浜太郎の匂いもだけど、鉄の匂いもするから間違いない』
「なら、大太刀はどこじゃ? まさか……」

 蒼が立ち止まった場所は坂道になっている。
 匂いがするのにも関わらず、地面の上に落ちていないとなれば。

『埋まってるんじゃないか?』
「く、なんて面倒なことになっとるんじゃ!」

 そう埋まっているのだろう。
 蒼が見つけた場所と変わっていないのなら、この五日間のうちに若藻にゃもあやつる土のせいでもれてしまったに違いなかった。

「ちょうど良い! 蒼よ、そのままれ!」
『え、汚れるから嫌なんだが……』
「仕方ないじゃろ! つべこべ言わずに掘るんじゃ!」
『わかった。とりあえず、降りてくれ』

 弓月はまた浜太郎の襟元えりもとを持って、蒼の背から降りた。

「ひぃ、あば!」
「まったく……臭いが強いところを重点的に掘るんじゃぞ!」
『わかってる』

 蒼が掘り始めると、弓月は浜太郎に視線を向けた。

「いい加減、落ち着いたか?」
「……化け物」
「誰が、化け物じゃ!」
「痛いでござる! 弓月殿に言ったのではなく、化け物にわれそうになったんでござるよっ!」

 浜太郎が声を上げた途端、地面が少し揺れた。

『弓月』
「まずいの、若藻に気付かれたやもしれん」
「ひぃ、奴が来るでござるぅ!!」
「落ち着かんか! 蒼、早く掘り出せ!」
『だめだ、掘っても掘っても土が戻ってくる』

 蒼が掘っても、すぐに別の土がふさぎにくる。
 これではらちがあかない。

「ちっ! やむおえん! 浜太郎と離れておれ!」
炎風気えんふうき えぐくま

 鳥居の土を退ける時に見せたものよりも、強力な熱のこもった風が蒼が掘っていた辺りの土を退けた。
 土を退けた跡に大太刀とさやがあった。

「お、おお!! まさしく、拙者の佐々丸と鞘でござる!」

 浜太郎は愛刀を見るや否や、目の色を変えて、駆け寄る。
 蒼は狼の姿から人の姿に戻っていた。
 浜太郎がひどくおびえるからというのもあるが、土を相手とるのは図体が大きすぎるからだ。

「まだ近づくな!」

 弓月が声を荒げると、浜太郎は驚いて足を止めた。
 それがさいわいしたようで、足元から土がき出すように出てきた。
 そのせいでまた尻餅をついた。

「目の前にあるのに、また阻むでござるか!」
「ここは奴の独壇場どくだんじょうじゃ、うまく立ち会う他ない……」

 弓月がしりすぼみに声を小さくしていった。

「なんだ? 何が起きた?」

 蒼も疑問の声を上げた。
 先ほど吹き出したように出てきた土は行手をはばむのをやめ、ただの土に戻ったのだ。

「何はともあれ、佐々丸を!」

 浜太郎は事態を飲み込みきらずに動き出した。
 だからこそ、見落としてしまったのだろう。

「待て! 何か居る!」

 坂道の草陰から飛び出してきた黒い影に。

「へ? あだっ!」

 飛び出してきた影は浜太郎の顔面へとぶつかり、いや、顔面を踏みつけた。
 浜太郎は三度目となる尻餅をつき、影は佐々丸と鞘の真ん中に着地した。

「お主らは、若藻にゃもを退治しにきたのかにゃ?」

 影の正体は黒い雉猫きじねこだった。
 しかし、ただの猫ではない。
 尻尾が二つある猫又ねこまたと呼ばれる妖怪である事が見てとれた。
 この猫又が現れてから辺りの土が襲ってこなくなっている。

「我は弓月じゃ。名前くらいは聞いた事があろう」
「弓月様……確かに黒い狼と聞き及んでおるが、人間と連むような方でないと聞いておりますにゃ」
「訳あって、協力しておるだけのこと。うまくいけば、そこにある大太刀で若藻を救えるやもしれぬ。お前も難儀しておるんじゃろ?」
「信じて宜しいのかにゃ?」
「我は悪い話でないと思うとる」

 黒い雉猫又は弓月から尻餅をついた浜太郎へ、蒼へと視線を向け、弓月を見た。

吾輩わがはい空太くうたもうしますにゃ。ひとまず、安全なところにお連れしますにゃ」
「安全なところがあるでござるか!? もしや! 皆もそこにおるのでは!?」
「その大太刀は此奴こやつにしか扱えぬ。そして、それで若藻を救えるやもしれん。返してもらって良いかの?」
「その人間は武士であろう。吾輩を斬るやも」
「斬らぬ! 拙者は弓月殿と蒼殿、椿つばき殿や更子さらこ殿に救われた身! 空太殿にも今し方救われた。故に空太殿も斬らぬ! 信じて下さらぬか!」

 空太の問いを言い切る前に、浜太郎は言い切った。
 その剣幕けんまくに空太は面食らい、弓月へとまた視線を向けた。
 弓月はあきられから出たため息を少し吐いてから頷いた。
 空太は二尾の尻尾をくゆらせながらに。

「ならば、早く取るにゃ」
「かたじけない」

 浜太郎はすぐに佐々丸と鞘を手に取り、抜き身の佐々丸を鞘へと戻した。

「移動しながらでは足元の土を抑えるので精一杯にゃ。もし、若藻様の土が襲ってきたら、自分でどうにかして欲しいにゃ」
「わかった、任せてくれ」
「我は温存するために休む、なんとかするんじゃ」
「拙者におまかせを! 佐々丸があれば、この窮地を脱してみせましょうぞ!」
「その言葉、信じてやろう。蒼も遅れをとるな」

 弓月は蒼の胸の中へと入っていった。
 蒼は浜太郎から自分の荷物を返してもらっていたので、そこから形無かたなしを取り出した。
 形無は刀の形に変っていった。

「よし!! 鞘も無くさないようにしばれたでござる!」

 浜太郎はふところに入れていたのだろう、帯紐おびひもで鞘を自身の背に縛り付けていた。
 抜き身の佐々丸を持ち上げ、立ち上がった。
 
「では、移動しますにゃ。気をつけてくださいにゃ!」

 猫又の空太に置いていかれないように浜太郎と蒼は追いかける。
 空太の言う通り、土が襲いかかってきた。
 おおかぶさるように襲ってくる土を二人は切り捨てながらに空太についていく。

「本当に足元から土が襲って来ないでござるな!」
「ああ、これならなんとかなる」
「……空太殿の声をどこかで聴いたような気がするでござるよ」
「そうなのか?」
「はっきりとはわからんでござるが、なんとなくでござる」

 話す余裕がある程に土の猛攻を容易たやすく切り捨てていた。

「見えましたにゃ。あの洞穴に入りますにゃ!」
「わかった!」
「承知!」

 空太を先頭に二人も洞穴へと駆け込もうとしたが、洞穴へ入れたのは空太だけであった。

「ミャァ〜」
「「っ!!」」

 二人は突如として現れた何者かが行手を阻んだのだ。
 土も二人を睨むように、槍を突きつけるように構えられている。
 大きさは狼姿の蒼よりは小さいが、二人にとっては大きく油断ならない相手だ。
 尻尾が三つある黒い猫。
 いわゆる、猫魈ねこしょう
 どういう訳か、全身が黒いという訳でなく、下半身というべきお尻や尻尾は深緑ふかみどりで、後ろ足は途中から焦茶色こげちゃであった。

「こいつが若藻か?」
「間違いにゃいにゃ! 若藻様にゃ!」
『何が起きたのかと思えば……若藻の奴め、かなり面倒な事になっておるな』
「どういう事だ?」
『たわけ、おちおち説明などできるか! おい! その大太刀でなんとかできんの、か……』

 弓月が浜太郎を見ると、また尻餅をついて倒れていた。
 ただ、様子がおかしく、かなり怯えているようだった。
 口元をガタガタと震わせ、身体も震えながらに若藻さら目を離さずたじろぎ始めていた。

「わ、わかったでござる……蒼殿の狼の姿が……いや、この妖怪の姿に、ににに、似ていたから怖さを……かか感じて」

 浜太郎は若藻に死に目を見せられていた。
 一度喰われそうになったのだ。
 だが、それを今の今まで忘れていた。
 同じ状況になれば、嫌でも思い出される。
 トラウマというものが若藻によって浜太郎に植え付けられていたのだ。

「それは吾輩が助けたにゃ! だから、大丈夫にゃ!」
「あの時の声は……空太殿の……」

 そう、浜太郎が喰われずに助かったのは空太が若藻を止めたからである。
 そのせいか、おかげか、山中を逃げる事となり、蒼と弓月に助けられたという経緯がある。
 しかし、それを説明する時間はないのが今の状況である。

「何を訳の分からんことを! ともかく、ここを切り抜ける! 蒼、一気に駆け抜ける準備をしろ! 浜太郎も力づくでじゃ!」
「わかった!」

 弓月は人型になり、手に炎を灯す。
 蒼は浜太郎に駆け寄り、無理矢理に小脇に抱えた。

「か、かたじけない」
「佐々丸を落とすなよ」
「承知した」
「若藻、今は逃げさせてもらうぞ」
『炎気 陽炎かげろう

 弓月は右手に灯した炎をゆっくりといだ。
 弓月たちの姿がらいだ。

「ミャアッ!」

 それを見て、若藻が爪を出した右前足を繰り出し、弓月たちの姿を引き裂いた。
 その後、土も怒涛どとうの攻撃を仕掛けたのだった。

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